日本語多読授業を実践している先生方や教室を紹介しましょう。
2009年、東京で行われた日本語多読研究会の勉強会がきっかけで、多読授業を始めました。今は、他のクラスの先生も巻き込んで、初級後半~中級前半の4レベルのクラスで「多読」授業を実践しています。週1回、たった20分間の読書ですが、学生たちは日本や世界の昔話、文学作品など様々なジャンルの日本語の本に触れ、夢中で読んでいます。忠犬ハチ公をテーマにした「ハチの話」に涙ぐんでいる男子学生も・・・。
「日本語をはじめて自分の心で感じられた」「わかるっていうことがこんなに楽しいものだとは思わなかった」
日本語の本を読むことが、学習するための義務ではなく、楽しみになっています。また、読む技能だけでなく、書く力が伸びた、と感じています。
大学の選択クラスとして、「自由に読む」クラスを開講しています。1週間に1コマ90分の授業で開講期間は15週です。学生のレベルは初級後半から中級前半で、国籍、専門共多岐にわたっています。このクラスでは、学生たちは自分の好きな読み方で本を読んでいます。読みものも自由ですが、多くの学生が「よむよむ文庫」を手に取っています。特に人気があるのは、文化関係の読み物で、『カップヌードル/カラオケ/ウォークマン ―日本で生まれて世界へ』などは、常に順番待ちです。授業中は大変静かで、それぞれの学生たちが、読みものに集中しているのがよくわかります。話しかけても返事が返ってこないほどです。学生たちは、「リラックスして読めるため、読むことに対するストレスがなくなった」と言っています。
「くれよん」では、毎月第2木曜日のお昼休みに読む活動を続けてきました。「よむよむ文庫」が定着し、読む本がないという状況です。
ある香港の人は、「浦島太郎」が気に入りました。「よむよむ文庫」で最初に出会い、図書館で絵本を借りて読み、本を見ないで話を語る素話ができるようになり、それを作文に書き、最後には、歌を覚えました。良い出会いだったと思います。
もう一人の人は、私が読んで聞かせたら、興味を持ってくれて、自分でも読みたいから貸してほしいと、私の本を家に持って帰りました。やさしい読みものは、引き付けられて、読みたい、読みたいと進んでいくので、すばらしいと思います。
高校生対象に初級クラスから多読を取り入れています。図書館を利用して、学生には自主的に読むことを奨励しています。そして、本を利用したタスクを出す形でコースを進めています。ブログに本の感想を書くのもその一つです。
学生は、本を通してクラス内にはない日本語に接することができることと、日本人の友達や教員との話の種になることがとてもうれしいようです。以前はIB(インターナショナルバカロレア)試験でも毎年苦戦していた読解の学校平均点が目を見張るほど伸びました。自分で選んだ本を読むということをきっかけに、日本語を学校の教科としてだけではなく日常生活で使うものという感覚を持ち始めた学生が増えたと実感しています。
科目選択授業(45分×週1回×3ヶ月)で多読をしています。最初は少なかったのですが、面白いよ面白そうだよ等の口コミで、今では毎回15名近くの学生が出席しています。いつの間にか集中して読んでいる様子や、読みながら思わず笑っている姿を見ていると、感動すら覚えます。普段は集中力が途切れがちな学生も、この授業ではチャイムが鳴っても読み続けたりしています。時間もレベルも気にせずに自分一人で読みたい日本語を読むって、彼らにとってなかなかない機会なんだということに気づかされました。読解力向上ということだけでなく、知的充足や精神的安定をもたらす場を提供できていることをうれしく思います。
2010年の日本語多読研究会の勉強会に出席し、多読の魅力を知ったことが大きなきっかけで、多読クラスを始めることにしました。試験的に4回実施した結果、大変好評だったため、現在では大学近辺の図書館で毎週1回、1時間半の時間をとり、読書好きが集まって楽しく活動しています。
ひらがなを初めて学習した1年生から中級レベルの4年生まで、今では始めたときよりもかなりレベルの高い本が読めるようになりました。回を重ねるごとに、辞書を使わずに推測しながら読むというスキルをおのずと学び、読むスピードも上がっているようです。特に小泉八雲の短編集などの「怖い話」が人気で、「先生、怖いですね」と言いながら熱心に読み進めている姿が印象的です。学生の読解力を養成し、日本好きの学生を増やすために、多読は今後も非常に大きな役割を担うものだと感じています。
選択科目として、1週間に1コマ(50分)ずつ、1ターム10週間なので合計10コマ行っています。日本語レベルは中級~上級。国籍は韓国、台湾、香港、中国、タイなどアジア系を中心に欧米系が交じり、登録は常時20名ほどです。痛感するのは、学生が読む時間そのものを強く欲しているということです。その思いは決して自分の部屋でも図書館でもなく、学校の教室の、そして授業時間という限定された時間と空間の中で読むことで満たされるようです。
そして、私語がほとんど生まれないこうした場を各人が構成しているという、その一体感や所属感が、集中力ひいては教室の力を生んでいるように思います。教師にとっても、本の選択のみならず、教室内の様子すべてから学習者の個別性がうかがえ、新しいやりとりや気づきも生まれやすくなります。
日本語多読研究会が作成したレベル別読みもの「よむよむ文庫」に出会うまで、生徒たちは年齢相応の本を読んで感想文を書いたりすることができませんでした。それが今では「よむよむ文庫」を読んで、2週間に1回の感想文を書くのを楽しみにするようになりました。その感想文の中に「この本は辞書を使わなくても読めます」というコメントを入れる生徒が少なくありません。自分の力だけで1冊の本が読めるということが生徒たちの読書に対する意欲をかき立てているのです。
感想文を録音し、イラストなどを付けて学校のサイトに載せるというアクティビティーを通して生徒たちの4技能の全てがどんどん上達していくのを実感しています。
2004年から週に1回の多読授業を続けています。2007年までは、カリキュラムの中に組み入れてやっていましたが、今は、課外でだれでも参加できる形をとっています。学校には3000冊の図書があって、多読を奨励しているので借りていく学生も多いです。本に没頭するときの学生たちの集中力や普段の授業では見せない表情が、実に多くのことを教えてくれます。言葉の習得過程、「わかる」とはどういうことかなど、多読の授業から得たものは計り知れず、教師としても成長できたのではないかと感じています。
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